唯一なすべきことは、
これまでやってきた、あらゆる気紛らわせ・時間つぶし・「何か」やること・時間を/頭を雑事で埋めること(読書、瞑想、外出、情報収集など)を止め、
あらゆる苦しみ、うんざりさ、問題の感覚から逃げることを止め、
そして、とにかく苦しくとも、できる限り何もせず、自分=問題の感覚(=苦しさ、行きづまり感、ウンザリさ、落ち着けなさ、不安、恐怖、どうしようもなさ、挫折感、劣等感、自分から逃げ出したさ、みじめさ、さびしさ、認められたさ、孤独感、イライラ、ソワソワ、情けなさ、諸々の悪感情、生の味気なさ、不満足さ、満たされなさ、性的欲求不満(性的な欲求、衝動、突き上げ)、誰かに甘えたさ、寄り掛かりたさ、目をかけてもらいたさ、認めて貰いたさ、不安定さ、刺激物への興味、逃避への欲求、の感覚)に留まること。
それに充分に触れ、感じていること。
それと共に在ること、そこに徹底して留まること。
その逃げ出したい衝動に留まり、それの内実を観察すること。
「あるがままのもの・存在するもの」を観察し、それであること、それになること。
「心理的問題」が存在する。
↓
そこから逃げずに、それを無くそう、解消させようともせずに、そこに留まり、
全面的にそれだけになること。
↓
解消・解決。
本質的には、それのみしかない。
新たな対象に逃げたくなるのに注意すること(気づいていること)。
逃げ出したさ、目を逸らしたさの欲求→逃避行為(「何か」してしまうこと)につなげてしまうことなく、
その不満足さ、うんざりさ、行き詰まりの実感に留まること。
「何もしないこと」によって、虚しさの感覚・行き詰まり感、逃げ出したさをできるところまで強めること。
自分にとって、「問題の感覚」とは、具体的に何か?
そこから、どのように逃げようとするか?
本当に、どうしてもやらなければならない(必要な)こと以外、手を出すのは止めて、
全エネルギー、全時間を、この空虚・不全感(問題の感覚)との直面に注ぎ込むこと。
新しい刺激物、興味対象に逃げる(気をそらせる)のではなく、
この不全感、虚しさの感覚に徹底して留まること。
行為・情報・刺激物(対象)への逃避を止め、情報・刺激物を遮断し、その禁断症状に耐えること。
できる限り、一日何もせずにいること。
自分を追い込み、詰めていくこと。
まずは何もしないで居ることに耐えること。
今は、何かを「やる」(修行をやる)のではなく、まずとにかく「逃げることを止める」。
何もしないで、自分の苦しみ、ウンザリさ、行き詰まり感、何かに逃げ出したさに留まること。
今は「何か」をやってしまうと、それが又、逃げになってしまうから。